「あの人は今、どんな時間を過ごしているのだろう」
大切な人を亡くした後、ふとそんな問いが浮かぶことがあります。
スピリットの世界にも時間はあるのか。
退屈していないだろうか。
あの人の「今」はどんな感じなのだろう。
実はスピリットの世界の「時間」は、地上の時間とはまったく異なります。
この違いを知ると、スピリットの世界への見方が少し変わってくるかもしれません。
地上の時間とは何か
地上の時間は、地球の自転と太陽との関係に基づいて刻まれています。
秒、分、時間、日、月、年——これらはすべて地球という星の物理的な動きに由来するものです。
私たちはこの時間の中で生きているため、「時間が流れる」ことをごく当然のことと感じています。
しかしこれは、地上という次元に固有のルールに過ぎません。
スピリットの世界には夜と昼の区別がありません。
地上とは異なる光の源があり、常に明るい状態にあります。
そのため地球の自転に基づいた「時計の時間」という概念がそもそも存在しないのです。
スピリットの世界での時間の感じ方
では、スピリットの世界に時間がないのかというと、そうではありません。
スピリットの世界では、経験の積み重なりの中で時の流れを感じます。
どれだけ豊かな体験をしたか、どれだけ深い学びがあったか——その質と深さが、時間の感覚を作っています。
これは地上でも似た感覚があります。
楽しい時間はあっという間に過ぎ、退屈な時間は長く感じられる。
スピリットの世界では、その「精神的な時間の感覚」が主になっているのです。
充実した活動の中にいるとき、時間は短く感じられます。
逆に、精神的な成長が乏しい状態にあるとき、時間は長く重く感じられる。
スピリット同士のコミュニケーションも時間を超えます。
会いたい人に会いたいと思えば、思念でそれが届く。
「午後3時に待ち合わせ」という概念ではなく、思念の共鳴によってつながる世界です。
「今ごろ何をしているのか」という問いへ
大切な人がスピリットの世界で「今ごろ何をしているのか」という問いは、地上の時間軸では答えられません。
でも、こう考えることができます。
その人が生前に好きだったこと、情熱を持っていたこと、地上ではできなかったこと——それらに思う存分携わっている可能性があります。
スピリットの世界では、精神と霊に関連した活動が際限なく広がっています。
時間という制約から解放されたスピリットの世界で、大切な人は今日も何かに携わっています。
学んでいるかもしれない。
誰かと話しているかもしれない。
あるいは、あなたのそばにいるかもしれない。
時間という概念が地上とは違うからこそ、スピリットの世界にいる人たちは「いつでも」あなたに寄り添うことができます。
「今ごろ何をしているかな」という問いの答えは、「今もあなたのそばにいる」かもしれません。
地上の時間とスピリットの世界のつながり
一つ興味深いことがあります。
スピリットの世界の時間が地上と異なっていても、スピリットたちは地上の時間に合わせて寄り添うことができます。
命日、誕生日、クリスマスやお盆といった特別な日に、スピリットの存在をより強く感じるという体験をされる方がいます。
これはスピリットが地上の「特別な日」を認識しているからだと言われています。
その日に合わせて、より強くそばに来る。
時間の概念が違っても、愛のつながりがその調整をしてくれているのです。
あなたが大切な人の命日に手を合わせるとき、その気持ちはスピリットの世界に届いています。
時間を超えて、その思念は届く。
それがスピリットの世界の時間の本質かもしれません。
スピリットの世界への扉は、次元の違う、重なり合った世界。
そこはわたしたちのすぐそばにあります。


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