家族が集まる時間というのは、どうしてこんなにも、心の奥に触れてくるのでしょう。
特別なことを話すわけでもなく、ただ同じ空間で、同じ時間を過ごしているだけなのに、ふとした瞬間に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
それは、今ここにいる人たちだけではなく、もう目には見えなくなった「大切な存在」も、そっと同じ時間を共有しているからなのかもしれません。
本日は、霊界からのサインについて私個人に起きたエピソードをいくつかご紹介していきたいと思います。
お正月のある日の出来事
お正月の空気は、新しい年の匂いを含んで澄んでいます。
人の気配も、街の音も、いつもよりなんだか新鮮に感じられるこの季節。
家族が集まる予定のその日、私は先に母のお墓参りを済ませてから向かうことにしました。
用意したチョコレートは、母の大好きなアーモンドとマカダミアナッツ入り。
その日は陽が出ていて温かく、空気も澄んでいて気持ちのいい陽気でした。
お墓の掃除を終え、母の墓石の前に立ち、手を合わせていつものように挨拶をします。
「あけましておめでとう。去年も一年ありがとう。今年もよろしくね。」
いつも母のお墓の前で手を合わせる時間は、静かに自分の内面と向き合う時間です。
挨拶を終えると、その足で家族の集まりへ向かいました。
年末ぶりに顔を合わせるため、久しぶりな近況報告はないものの、テーブルにはお正月らしい料理が並び、昔話がゆっくりと行き交います。
いつも家族が集まるとその場はとても穏やかで、誰かが無理に盛り上げるわけでもないのに、不思議とやさしい空気が流れるのを感じます。
しばらくして、みんなでコーヒータイムに入ります。
用意してくれたコーヒーの数に違和感が・・・
なぜか用意してくれたコーヒーカップが一つ多いのです。

あれ?用意してくれたコーヒーのカップ一つ多くない・・・?

あ、本当だ、間違えちゃった、あれ、なんでだろ・・・?

もしかして・・・!ママもここに来てくれてるんだよ・・・!
そこでふと気づいた母も「来ている」ような感覚。
音もなく、姿もなく、けれど確かに、この空間には今いる人数以上の気配がある。
それは怖さとはまったく違うもので、むしろ、懐かしさと温かさ。
亡くなった家族が、お正月だから、みんなが集まるこのタイミングだから、そっと戻ってきているように感じました。
会話に直接入るわけでもなく、存在を主張するわけでもない。
ただ、私たちを包むように、静かにそこに「いる」。
家族の誰かが、ふと昔の話をし始め、もうこの世にはいない家族の名前が、特別な重さを持たず、日常の延長として語られる。
その空間が、とてもあたたかい。
亡くなった人は、記憶の中だけに存在するのではなく、私たちが愛を感じる場所に今でも息づいているのを感じます。

やっぱりチョコレートにはコーヒーが合うよね
家族団らんの中で目には見えないけれど、確かに感じるぬくもり。
みんな揃ってのお正月の味はとてもやさしく、温かく感じました。
そして、お正月という「始まり」に、そのことを思い出させてもらいました。
霊界からの誕生日サプライズ
この日はエビデンシャルリーディングの練習会。
亡くなった故人とつながり、そのスピリットが伝えたいことをメッセージとして伝えていきます。
もちろんエビデンスをもとに、どなたか特定した上で。
ミディアム同士の一対一の練習で、私の元に来てくれたのは霊界に旅立った母。
母は本当にこの活動にとても協力的で、よく練習会にも顔を出してくます。
(それはもう毎回といっていいほどでも過言ではないくらいに・・・!)
その日、母が1番に見せてくれたのは苺のたくさんのったホールケーキ!
「何かとても祝福しているようだけど、お祝いとかかしら?」というミディアムの言葉に私は即座に「YES!」と答えていました。
そう、この日の2日後に私は誕生日。
そんなことを言われると思っておらず、驚きと嬉しさが交互する中で母のミディアムシップはスタート。
その日、母は私との思い出をまたたくさん伝えてくれ、懐かしいことも想い出し、私の胸はいっぱいに。
もちろん、母だとわかる思い出をたくさん伝えてくれました。
そして最後に「愛をたくさん持って見守っていること」と、「私のことをとっても祝福してくれている」ということを伝えてきてくれました。
あれから2日後の誕生日を迎え、その日は家族と食事へ。
近くのステーキレストランへ向かうことになり、通された席の番号が「7番」・・・
「私の名前、のNANAで7かしら・・・もしかして、また母が来てる?」
そう思いながら食事を済ませ、デザートタイム。
「あれ、ここにはケーキはチーズケーキしかないのかしら」
と、メニューを見て悩んだ挙句、チーズケーキを注文。
「帰りにケーキ屋さんでケーキ買って帰りましょ」
と話していたのですが、テーブルにケーキが届いてびっくり・・・
「あれ・・・、これ母のチーズケーキ・・・」
実は、母は生前、よくお菓子を焼いてくれていました。
その中でも、大好きだったのがチーズケーキ。
クッキー生地の上にある、酸味と甘みの効いたクリームチーズは私の一番の思い出。
ちょうど、2~3か月前に「母のチーズケーキが食べたいな」と霊界の母へ向けて話していた私。
そして、誕生日の日に、ケーキのメニューはたった一つの(チーズケーキのみの)お店に入り
テーブルに届いたのはクッキー生地のチーズケーキ。
「母がお祝いしてくれている・・・!」
直感的にそう感じ、感謝の気持ちでいっぱいに。
チーズケーキのクッキー生地とケーキの酸味と甘みを感じ、当時を懐かしくも思い出しつつ、今のこの瞬間への喜びと感謝の気持ちで胸がいっぱいに。
お腹も心も満たされ、帰りにケーキ屋さんに寄ることはなく、そのまま真っ直ぐ帰宅。
霊界にかけた言葉は、しっかりと聞いてくれているという証が私の中で実感した出来事となりました。
日常から心をオープンにすること
家族団らんのリラックスしている時間に起きたこの二つのエピソードの共通点はなんでしょう。
それは「リラックス」。
私たちはリラックスしているときに、ハートがオープンになっています。
この姿勢は、霊界からのサインに気づきやすく、そして受け取りやすい状態です。
現代は情報過多な傾向にあり、私たちも絶えず思考を巡らせ、交感神経が優位な状態です。
しかし、ゆったりとした状態にあるとき、私たちの脳波は落ち着き、副交感神経が優位な状態となります。
このとき、私たちは霊界からのサインに気づきやすい状態にあります。
それでも、これは気のせいかと疑ってしまったり、無視してしまうこともあるかもしれません。
しかし、絶えず私たちにサインを送っている霊界の辛抱強さに気が付くと、こちらもそろそろ受け取ろうかなという謙虚な気持ちにならざるをえません。
また、「期待を手放す」ということもとても大切です。
今すぐに愛する人とつながりを感じたい、声を聴きたい、自分にメッセージが欲しいと切望する気持ちは非常によくわかります。
しかし、肉体を失っても尚、霊界の魂は私たち同様に存在し続けています。
私たちは、いつ・誰に・何を伝えるかは、私たち自身で選択しています。
これは、霊界の方も同様で、いつ・誰に・何を伝えるかは、その方のタイミング(選択)によります。
だからこそ、期待を手放し、いつ・誰が・どんなことを伝えてきてくれるか、心をオープンにしていること、それが私たちに思わぬサプライズプレゼントをもたらしてくれるかもしれません。
さいごに
大人になってから、家族を持つとなかなか自分の誕生日は後回しになってしまいがちでした。
周りの誕生日ばかり気にかけ、振り返ると自分の誕生日はついでになっていたような気がします。
しかし、今回の母からのメッセージで気づいたのは、大切な人からの祝福は1番のプレゼントになるということ。
そして、そこに豪華なプレゼントや食事はいらず、愛の言葉で人の心はこんなにも勇気と希望をもてるなんて・・・!
私は今でも母の子供で、年を重ねても、その愛に守られていたい気持ちを持ち続けている自分に改めて気が付きました。
そして、これは今も続いている新しい「家族のかたち」です。
また、このような形でプレゼンを送ってくれた母に感謝し、霊界の計らいにも感謝して、また一つ年を重ねました。
霊界はいつもタイミングを見計らってさまざまなかたちで私たちにメッセージを届けてくれています。
それは、一つのカップかもしれません。
また、チーズケーキかもしれません。
目には見えないけれど、確かに感じるぬくもり。
そして、霊界からの愛は、すべてを超えてやってきます。


コメント