3月31日は近代スピリチュアリズム勃興の日として、近代スピリチュアリズムにとても重要な日となり、現在もイギリスを中心にスピリチュアリストの間ではとても親しまれている日です。
この日何が起こったのか。
また、スピリチュアリストとは何か。
今回はここにフォーカスしてお話していきたいと思います。
フォックス家事件
それは遡ること1848年、NY州郊外のハイズヴィルの一軒家にフォックス夫妻と二人娘(マーガレットとケイト)が引っ越してきたところから始まります。
引っ越してきたその日の夜から、ドアをノックするようなラップ音が始まり、その後数か月が過ぎ3月31日を迎えます。
この日もいつもと変わらずラップ音に悩まされた一家は早くに床についたのですが、音は次第に激しくなります。
娘のケイトがラップ音に興味を持ち手をたたくと、それにこたえるようにラップ音もなり、これに驚いた夫人はラップ音とコミュニケーションを図ります。
ラップ音1回ならYES、2回ならNO、3回はわからないとルールを決め、さらにアルファベットの表を用いて(後のヴィジャボートやこっくりさんのようなもの)、ラップ音を鳴らす方の正体が明らかとなりました。
それは「チャールズロズマー」という行商人。
彼が伝えてきた内容は、自分がスピリットであること、自分が5年前ここでお金を取られて殺され地下室の床に埋められたということ、自分には子供がいること、奥さんは亡くなっているなどでした。
そして、フォックス夫人はこの話の証人となるよう村の人20人を集め、そこから3日間(金土日)に及びチャールズ・ロズマーとのコミュニケーションが図られました。
話を終えるとチャールズ・ロズマーはそこから一切出てこなくなりました。
後日、地下室を掘り返してみるとそこに出てきたのは髪の毛数本程度。
しかし、そこから約50年後、そこの一軒家のリノベーションで敷地内の別の場所から人骨と「チャールズ・ロズマー」という名前入りのベルトのバックルが出てきました。
近代スピリチュアリズム勃興の日
霊界と地上界の双方向のコミュニケーションが図られたこの3月31日、第三者とともに確認できたこの現象は、当時の人々へ大きな衝撃を与え、その後イギリスで盛んに行われる心霊現象の研究への大きな出来事の一つとなりました。
近代スピリチュアリズムではこの日を「近代スピリチュアリズム勃興の日」とし、3月31日になるとスピリチュアリストの間では「ハッピーハイズビルデー」と、お祝いムードでにぎわいます。
では、近代スピリチュアリズムとは何か?
のちに、スピリチュアリスト・ナショナル・ユニオン(以下:SNU)では、エマ・ハーディング・ブリテンの霊界通信により得られたスピリチュアリスト七大綱領を提唱しています。
- 神は全ての父である
- 人類は同胞である
- 霊的世界と地上界との間には霊的交わりがあり、人類は天使の支配を受ける
- 人間の魂は死後も存続する
- 我々には自由意志とそれに伴う責任がある
- 善悪にかかわらず全ての行いには相応の報いが生じる
- いかなる魂も永遠に進化の道が開かれている
これを、近代スピリチュアリズムの哲学(フィロソフィー)とし、この教えに基づいた生き方を選び、実践している人をスピリチュアリストと呼んでいます。
この七大綱領を下ろしたエマ・ハーディング・ブリテンとは一体どんな人なのでしょうか。
エマ・ハーディング・ブリテン
彼女がスピリチュアリズムとの出会いのきっかけとなった事件は1856年。イギリスから母と共にNYに向かうために「パシフィック号」に乗り海を渡りました。その船旅の間、二人は乗務員たちとすっかり親しくなっていました。
NYへ到着後、悪寒がしたエマは霊の存在を感じて母に伝えると、当時のスクリブル(アルファベットABCが書いてある木製のサイコロ)で霊からのメッセージをつづるよう勧められました。その内容は「愛しのエマ、パシフィック号は沈没した」というものでした。
そこには仲の良かった乗務員の名前も書いてあり、エマと母は驚き、後日知り合いのミディアムのところに行きます。そして、そこでミディアムから告げられた内容はエマがつづったメッセージと同じものでした。後にパシフィック号の遭難は確認され、この事件をきっかけにエマはスピリチュアリズムの活動に身を投じていきます。
霊界と訓示を下ろすというミディアム
エマは自身の霊媒能力と幼いころからの演劇の才能をパフォーマンスに生かしながら、霊界から訓示を下ろすミディアムとしての活動を積極的に行いました。
米国でもスピリチュアリズムに対する反対運動は大きく、やがてイギリスに戻り活動を続けていきます。
イギリスでも当時ウィッチクラフトアクトという法律(1541年―1951年)があり、スピリチュアリズムの活動に批判的な目を避けるためにエマはスピリチュアリストチャーチで秘密裏に活動を続けていました。
しかし、公に同じ志を持った仲間が一つの団体として活動できるよう1890年に「National Spiritualists’ Federation」(以下:NSF)を創設。
その9年後の1899年にエマは亡くなりますが、2年後の1901年にNSFは名前をSNUに変えて法人化。
SNUとしてエマが残した七大綱領を元に「七大綱領を通じたスピリチュアリズムのフィロソフィーの啓蒙」を基盤とした活動を現在も続けています。
エマの偉大なる功績
彼女が降ろした七大綱領は、社会主義者のロバート・オーエンからの自動書記からと伝えられていますが、彼女はその他にもさまざまな功績を残しています。
その中の一つ、Two Worldsは1887年に創刊され、5年間主筆をつとめました。
今でもTwo Worldsは続いており、サンデーサービスの詳細やコラム、ワークショップの紹介などが記載されています。
そして、エマの功績は今も尚称えられ、現在彼女の墓石はイギリスのアーサーフィンドレーカレッジのお庭に移籍されています。
スピリチュアリストとはなにか、それは、近代スピリチュアリズムの哲学(フィロソフィー)とし、この教えに基づいた生き方を選び、実践している人のこと。
そして、この発端となった3月31日を勃興の日として、現在もイギリスを中心にスピリチュアリストの間ではとても親しまれる日となりました。


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